| 1264年 |
浦添城を居城とした中山英祖が泊港(現在の泊ふ頭)を国港として整備。 |
| 1422年 |
沖縄本島の統一を果たした尚巴志王が、那覇港(現在の那覇ふ頭)を中国貿易などの拠点とした。以後、那覇港は東南アジアや日本本土との中継貿易として栄えた。 |
| 1452年 |
尚巴志の三男尚金福王の時代、那覇港が泊港をしのいで国中第一の港となる。さらに、このころの那覇は海に囲まれた州であったことから、中国人懐機により久茂地のチンマーサーから安里橋(現在の崇元寺橋にいたる海中道路「長虹橋」が築かれ、それ以来、那覇港には諸国の船が錨をおろした。 |
| 1609年 |
薩摩軍により琉球が攻略されるが、明国との交易は認められる。 |
| 1853年 |
米海軍ペリー提督来島。首里城を訪れるとともに本島周辺の海図を作成。 |
| 1879年 |
廃藩置県。火車と呼ばれる汽船が出入港するようになった。 |
| 1884年 |
本土〜沖縄航路(鹿児島・大阪)が開設される。 |
| 1907年 |
築港は各知事の主要事業であり、奈良原知事は、国費にて第一期築港工事に着手、日比、高橋の代を経て大味知事の1915年(大正4年)に完工、1,500トン級の汽船3隻を横づけできる桟橋を架設。 |
| 1921年 |
那覇港に水深-7.5mの岸壁の建設が始まり、1925年(大正14年)に完成。 |
| 1944年 |
米軍の空襲により那覇港の港湾施設が破壊され使用不能となる。 |
| 1951年 |
米軍が那覇港及び泊港の建設工事に着手。 |
| 1954年 |
那覇港北岸、琉球政府に譲渡される。南岸は米軍の軍港地域に指定される。泊港は那覇市に譲渡される。 |
| 1969年 |
那覇市が那覇新港(現在の新港ふ頭)の建設工事に着手。 |
| 1972年 |
本土復帰の直前に那覇港・泊港・新港を一体的に管理運営するため3港を一元化し那覇市が管理、現在の那覇港となる。 |
| 1974年 |
那覇港の港湾計画が築定される。波の上橋・泊大橋・なうら橋の建設等その後の市民生活や産業・観光振興に大きく寄与することとなる計画が盛り込まれる。 |
| 1983年 |
新港第一防波堤が完成する。 |
| 1984年 |
新港ふ頭地区の岸壁(7.5m〜11m)が完成する。
「波の上橋」が開通する。 |
| 1985年 |
「泊大橋」が開通する。 |
| 1993年 |
「なうら橋」が開通する。 |
| 1995年 |
「とまりん」が完成する。 |
| 1997年 |
沈埋トンネル工事着工。
コンテナ専用岸壁(-13m)1バースを供用開始(9号岸壁)。 |
| 1998年 |
ガントリークレーン1号機供用開始。 |
| 2002年 |
那覇港の開発発展と利用の促進を図るとともに、適正で効率的な管理運営を行うことを目的として沖縄県、那覇市及び浦添市の三自治体で特別地方公共団体「那覇港管理組合」を設立する。 |
| 2003年 |
那覇港港湾計画(改訂)が承認され、トランシップ港湾及び海域保全ゾーンの位置づけ等が盛り込まれる。 |
| 2004年 |
ガントリクレーン2号機供用開始。
新港ふ頭地区9号10号バースを特区制度活用により民間事業者が一体的に管理運営を行う「那覇港公共国際コンテナターミナル運営事業」の運営事業者を国際公募。 |
| 2005年 |
「那覇港公共国際コンテナターミナル運営事業」の運営事業者にフィリピンに本社を置くグローバルオペレーターICTSIと県内の港運事業者6社が資本参加する「那覇国際コンテナターミナル株式会社(NICTI)」が決定。那覇港管理組合との間に賃貸借契約を締結する。
港湾計画の軽易な変更により、大型旅客船専用バースの計画位置を新港ふ頭地区から泊ふ頭地区(若狭緑地前面)へ変更。
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| 2006年 |
日本で初めて純民間企業によるターミナル運営がスタート。那覇国際コンテナターミナル株式会社(NICTI)の運営が始まる。トランシップ貨物を中心とした貨物量の増大により海上輸送コストの低減を目指す。
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